2021年4月11日

P-CFO 松浦睦子さん

ベンチャーキャピタルで磨いた経営をみる眼を活かして、社会に貢献できる中小企業診断士へ

中小企業診断士
松浦 睦子 (まつうら むつこ)さん

今回ご紹介するのは、パートナーCFO養成塾の第3期生(2020年6~11月)の松浦睦子さんです。
ベンチャーキャピタルなどを経て、現在は中小企業診断士として中小企業支援に東奔西走する松浦さんにこれまでのご経歴や仕事にかける想いなどを伺いました。

【プロフィール】
兵庫県明石市出身。大学卒業後、ベンチャーキャピタル、資産運用会社等を経て、2015年に中小企業診断士として独立。知的財産管理技能士2級。

【公的機関での実績】
中小企業大学校・人材支援アドバイザー、埼玉県戸田市商工会起業支援センター・インキュベーションマネージャー、兵庫県明石市産業振興財団・神戸市産業振興財団・埼玉県・東京商工会議所登録専門家、等。

長く働き続けられる会社を見つけるためにベンチャーキャピタルへ

大学卒業後、新卒でベンチャーキャピタルに入社されたそうですね。

大学では経済学部経済学科専攻でしたが、その当時は34あるゼミのうち、近代経済学は3つだけで残りは全てマルクス経済学でした。

1年生のときに先生から言われたことが今でも強烈に残っています。
それは、「労働者というのは時間の切り売り(で生計を立てる)」でした。
なぜなら、労働者は生産手段も持たず、生産設備もビジネスアイディアも持っていないので、自分の時間しか売るものがないから。

今にして思えば、先生は学生たちに発奮してもらう意図もあったと思うのですが、当時の私は「そうか、私の時間を高く買い続けてくれる=長く気持ちよく働き続けられる会社を見つけないといけないんだな」と、ひねた方向に進んでしまいました(笑)。

就職活動の際にベンチャーキャピタルの会社案内をみて、ここに就職すれば成長性のあるいい会社に巡り合う機会があり、あわよくばその会社に転職できるのではないか、と考えました。

マルクス経済学が就職に大いに役立ったわけですね。ベンチャーキャピタルではどのような業務を経験されましたか?

最初は営業部門に配属され投資先企業の発掘と育成、その後は投資事業組合の運営に長く携わりました。運営とは、たとえば投資事業組合の組成や、組合に出資した投資家に投資実績報告をするIR活動などです。
当時はバブル経済が弾けて間もない頃という時代背景もあり、残念ながら投資成績は振るわず投資家に謝ることが多かったのですが、有難いことに寛容な雰囲気の中で仕事をすることができました。

その後は資産運用会社に移られました。

その後、会社が未上場株式の新たな流通方法として、当時、不動産投資信託(リート/REIT)の仕組みを使い、未上場株式と上場株式とをセットにした証券投資法人を試作しました。投資事業有限責任組合の管理業務に携わっていたことから、子会社の資産運用会社で管理業務を担当することとなりました。

これが縁で、同じく証券投資法人を試作していた他の資産運用会社に転職することになりました。

資産運用会社初日がリーマンショックの日

実は、資産運用会社の転職初日がリーマンショックの日(2008年9月15日)でした。

なんと。私(インタビュアーの森本)は、そのとき邦銀でクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のディーラーをやっていました。9月15日は月曜日でしたが、日本は敬老の日でマーケットは休場でした。ところが、前日に召集がかかり、休日出勤してディーリングルームで待機しているときに一報が流れました

そうです。あの日は午前と午後とで社内の雰囲気がガラリと変わりましたし、リーマン破綻後は市場が大暴落したので、社長自ら株価ボードの前に張り付いて運用の指示を飛ばしていました。

勉強熱心な同僚に囲まれていながら、ふらふらしてしまった

中小企業診断士の勉強はいつ始めたのですか?

ベンチャーキャピタルに勤務している頃の話ですが、実家(兵庫県明石市)に出入りしている植木屋さんが中小企業診断士の資格を持っていることを知り、その方にどうして中小企業診断士で仕事をしていないのか、お聞きしたところ、「診断士では食べていけないからね」と言われました。

ベンチャーキャピタル時代にも勉強を始めようとしたことがありましたが、植木屋さんの言葉が強烈に残っていたため、中小企業診断士の試験にトライすることをためらってしまいました。 ところが、リーマンショック以降、資産運用会社の雰囲気はどんどん悪くなるし、一方でベンチャーキャピタル時代の仲間と会うと、「この人は大学院で修士を取った」「あの人は留学している」ということがわかり、ちょっと愕然としました。自分がストップしていう間に、同僚はどんどん先に進んでいたのです。

勉強に熱心な同僚ばかりだったんですね。

そうですね。中小企業診断士の資格も同期が入社後5年以内に取っていたり、後輩が在職中に取っていたことが後でわかりました。

診断士以外の資格では証券アナリスト、税理士、公認会計士、米国公認会計士、司法書士、弁護士。国内外の大学院や英米の大学に留学してファイナンスの勉強をした方もいます。

また、更衣室では女性の先輩たちが「むかついたことがあると勉強がはかどるのよね」と言って、意気揚々と帰っていくこともしばしばでした。

驚くほど前向きの女性たちですね。

なので、そんなベンチャーキャピタルの同僚に囲まれていながら、自分はふらふらと勉強もせずに過ごしていました。振り返ってみると知識ややる気があればもっと身につく経験ができたのに、と非常にもったいなかったと思っています。

中小企業大学校は天国

中小企業大学校の中小企業診断士養成課程に入られました。

勉強も生活も楽しかったですね。
日本各地から中小企業診断士を目指して企業内派遣で46人が集まってきます。大学校では、実践的なコンサルティング手法を現役の中小企業診断士から実地で学ぶことができ、効率的な学習ができました。

大学校の敷地には2つのタイプの寮があり、1つは一週間程度の短期研修用で、トイレ・バス・水場は共同使用。もう一つは養成課程など長期滞在用で、こちらは洗面所・トイレ・シャワールーム付きの個室です。
料金は、当時は一泊朝食付きで2,700円。それで、当時住んでいたところから大学校(東京都東大和市)に通う交通費、賃貸料、光熱費などを踏まえると、どう計算しても寮の方が安かったので寮に入りました。

寮生活というものに憧れていたこともあります。

学生時代に戻ったみたいで楽しそうですね。

私自身も楽しかったですが、同期の方も楽しそうでしたよ。
とくに既婚の男性の方々は一人暮らしになったため、「ビールと揚げ物をどれだけ食べても奥さんから文句を言われない」と喜んでました。

中小企業大学校のあるあるですが、近所のヤオコー(スーパー)の夜の揚げ物半額セールは、男性寮生に人気です。 もっとも、あまりにビールと揚げ物を満喫し過ぎたためか、中小企業に企業診断実習に出向いたときに、同じ班のある男性はかがんだ瞬間にスーツから嫌な音がしてました(笑)

住所不定無職の松浦です

2015年に中小企業大学校を修了して診断士としての活動を開始されますが、最初はどんなことをおやりになったのですか?

未だに当時の関係者の方々から言われますが、一般社団法人埼玉県中小企業診断協会の新入会員自己紹介のときに、「現在、住所不定無職の松浦です」と挨拶したんです。
そのときは中小企業大学校の寮を出たばかりで、友達の空いている家をちょっとだけお借りして住む場所を探しているときで、会社も辞めていたので、私としては文字通りのことを言っただけでした。

ところが、聞いていた方々にとっては強烈な印象だったらしく、「大丈夫? 仕事を回そうか?」と諸先輩から温かいご支援をいただきました。
そのお心遣いのおかげで、なんとか生きてこられた、という感じです。

天然というか、松浦さんのご人徳ですね。
具体的にはどのようなお仕事をされてきましたか?

行政(公的)と民間に分けると、ほとんど行政の仕事になります。
たとえば、創業支援の分野では埼玉県戸田市商工会のインキュベーション・マネージャー中小企業大学校関連では企業診断実習を受け入れてくださる中小企業の開拓、経営専門家派遣制度に基づく支援で経営革新計画の策定や補助金申請のお手伝いなどです。

また、ここ2年程私の実家の兵庫県明石市の創業セミナーを担当させていただきました。関東の方と関西の方との考え方の違いが分かり、面白かったです。

昨年以降、コロナ禍で窮境に陥っている中小企業が大変多いのですが、経営専門家派遣で継続してご支援させていただいている先は、補助金をうまく活用して頑張っていらっしゃいます。

中には、定年退職後に自宅の敷地内、夫婦、借入金ゼロで始めたカフェのように、旦那さんが「僕はカフェの中でゆったりと本を読みたいのに、お客さんがたくさん来るので本が読めない」とぼやいておられる先もあります。

コロナ禍でも、企業によって置かれた状況は千差万別ですね。

パートナーCFO養成塾は、知識の整理とブラッシュアップに役立った

養成塾を受講した目的と経緯はなんでしょうか?

とあるところから、IPOを目指している会社の資本政策を作る仕事が舞い込みました。かなり前にやったことはあったのですが最近は全く関わることがなかったので、ベンチャーキャピタル業界の現場で活躍している後輩2人の助けを借りて、その依頼を達成することができました。

そのとき、本来であれば自分の主戦場である分野で知識が遅れ、しかも錆びついていることを痛感しました。それと同時に、それらの知識を整理すれば自分の武器になるということもわかりました。

中小企業診断士つながりで代表理事の高森さんが養成塾を開いていることを知っていたので、自分の知識の整理と最新の潮流、それらを知りたくて受講することにしました。

受講されてみていかがでしたか?

知識の整理とブラッシュアップという初期の目的は、かなり達成できたと思います。
ただ、消化仕切れたというとそうでもなく、また受講期間中にもっと質問すれば良かったとか、予習して臨めば良かったとか、後悔することはたくさんあります。

そこで、講義の音声データ(注 受講生に配布される)を使ってじっくりと復習していきたいと思います。

養成塾後も同期とコーチングの練習を継続

3期生の方々はキャリアも個性もバラエティーに富んでいましたが、受講生同士の交流はどうでしたか?

コーチングの講義の際には、受講生同士でコーチ役と相談役を交互にやるという演習がありました。
そのときは3人でやったのですが、今でも毎週3人でコーチングを続けています。コロナ禍のためZoomですが、悩みごと相談という面もありますが、頭の中が非常に整理されて、新しい見方ができるようになりました。

講義が修了しても半年近く継続されているとは、素晴らしいですね。

それはお二人のお人柄あってのことで、そうでなければ続かなかったと思います。素晴らしいメンバーに恵まれました。

社会貢献するのが中小企業診断士の使命

今後のお仕事の方向性や取り組んでみたいことはなんでしょうか?

先程も申し上げた通り、仕事を通じて社会貢献したいですね。とくに中小企業診断士はコンサルタントの唯一の国家資格なので、社会貢献をする想いがなくなったときには、資格を返上すべきと考えています。

また、仕事の内訳としては、これまで行政の仕事が多かったのでこれからは民間の仕事を増やして、行政と民間の割合が半々くらいを目指したいです。社会貢献の観点からも、民間にはもっと関わっていきたいです。

とある企業からあるプロジェクトに入ってくれないか、という案件をいただいています。多方面からの知見を要求されており、パートナーCFOの知見も役に立ちそうです。

あとは将来的な展望ということになりますが、東京と実家のある関西の二拠点でやれればいいですね。

最終的には、教育や文化遺産を守るための活動に対する基金設立や寄付に関わっていきたいです。

松浦さんの社会貢献に対する強い思いが伝わってきますが、SDGs推進活動やESG経営にも繋がるお話でしょうか?

そうですね。ただもっと自然に活動に参加していけばいいのではないかと思っています。無理してかっこよく言い過ぎているのではないかと。近所のおばちゃんたちができることから関わるようなレベルでいいのではないかと思います

大阪のおばちゃんですね。

そうなんです。大阪のおばちゃんたちを世界中にばらまいた方が、世の中が良くなると思います(笑)。

大阪のおばちゃんたちが、SDGsやESGを語った方が説得力がありそうですね(笑)。本日はどうもありがとうございました。

(編集後記)
松浦さんのお話を伺っていると、何事にも真摯に取り組んでおられるという印象が強いのですが、絶妙のタイミングで住所不定無職や大阪のおばちゃん話が飛び出してくるので、非常に楽しくインタビューをさせていただきました。
ご本人としては自然体なのでしょうが、これから松浦さんらしいユニークな社会貢献になる活動をしてくれるものと期待しています。

<取材・文>第2期生 森本哲哉
取材日:2021年3月13日